製造業をはじめとするさまざまな業界において、サプライチェーンは重要な役割を占めています。環境への配慮や企業倫理が求められる現代では、単に利益を追求するだけではなく、社会的責任を考慮したサプライチェーンを構築することが重要です。
本記事では、サプライチェーンの意味・定義から具体例、抱える課題、強靭化に向けた対策について分かりやすく解説します。
1. サプライチェーンとは
サプライチェーンとは、製品の原材料の調達から最終的な消費者への提供までの一連のプロセスを示す用語です。英語では「Supply Chain」と表記され、日本語では「供給連鎖」を意味します。
製造業を例に挙げると、部品メーカーからの原材料調達、工場での製品製造、物流センターでの在庫管理、小売店への配送、そして最終的に消費者への販売という一連の流れがサプライチェーンです。
企業活動のグローバル化や消費者ニーズの多様化により、効率的なサプライチェーンの構築は企業の競争力を左右する重要な要素となっています。
■サプライチェーンの歴史
サプライチェーンの歴史は、1950年代のフォード自動車による大量生産システムの確立から始まりました。当時は需要予測に基づいて製品を大量生産する「プッシュ型生産方式」が一般的でしたが、1970年代に入るとトヨタ自動車が「かんばん方式」を開発し、ジャストインタイム生産による在庫削減を実現。
インターネットの普及により情報共有が容易になった1990年代からは、アマゾンやウォルマートがリアルタイムの在庫管理システムを構築し、効率的な物流ネットワークを確立しています。2020年のコロナ禍では、グローバルサプライチェーンの脆弱性が露呈。これを機に、多くの企業がリスク分散とデジタル化を加速させました。
■バリューチェーンとの違い
バリューチェーンとは、企業の事業活動を通じて、顧客に付加価値を提供するプロセスです。
サプライチェーンでは原材料の調達から製品の流通・販売までのプロセスに焦点を当てていますが、バリューチェーンでは企業内部の活動においてどのように価値が生成され、顧客に価値を提供できるかを重視します。
2. サプライチェーンの具体例
業界や企業規模によって様々なサプライチェーンの形態が存在し、それぞれが独自の特徴と課題を持っています。
製造業や小売業、サービス業など、それぞれの業界におけるサプライチェーンの仕組みについて詳しく解説します。
■製造業におけるサプライチェーン
製造業のサプライチェーンでは、原材料の調達から完成品の配送まで、複数の企業や工程が連携して効率的な生産体制を構築しています。
部品メーカーは1次下請け、2次下請けといった階層構造を形成し、緻密な生産計画に基づいて部品を供給しています。部品の遅延や在庫過剰といった問題が生じると生産ライン全体が滞る可能性があるため、各プロセスがしっかりと統合されていることが重要です。
近年ではIoTやAIを活用したスマートファクトリー化が進み、生産ラインの可視化や需要予測の精度向上が実現しています。
■小売業におけるサプライチェーン
小売業のサプライチェーンでは、商品が製造元から消費者の手元に届くまでの流れを最適化します。
イオンやセブン&アイ・ホールディングスなどの大手小売チェーンでは、独自の物流センターを活用した効率的な在庫管理を実現。商品の需要予測にはPOSシステムから得られる販売データを活用し、無駄のない仕入れが可能になりました。
アマゾンに代表される大手ECサイトでは、AIを活用した需要予測と自動発注システムで、効率的な在庫管理を実現しています。
物流面では、入荷した商品を一時保管せずに直接出荷するクロスドッキング方式を採用し、コスト削減と鮮度維持を両立させるのが主流です。環境負荷低減の観点から、返品や廃棄物の処理も含めた循環型サプライチェーンの構築が重要な課題となっています。
■サービス業におけるサプライチェーン
サービス業のサプライチェーンは、サービスの無形性という特徴から、情報システムの役割が極めて重要です。
飲食チェーンのマクドナルドでは食材の調達から店舗での提供まで厳密な品質管理を実施し、医療機関では医薬品の在庫管理から患者の予約システムまで複雑なサプライチェーンを構築しています。
3. サプライチェーンの課題
■原材料の供給リスク
2011年の東日本大震災では、自動車部品メーカーのルネサスエレクトロニクスの被災により、世界中の自動車メーカーの生産に支障が出ました。2020年のコロナ禍では、マスクや医療用品の供給不足が発生し、サプライチェーンの脆弱性が露呈しています。
天候不順による原材料の不足や政治的な要因による輸出規制なども、深刻な供給リスクとなるでしょう。供給リスクへの対策としては、調達先の分散化や在庫の適正管理が重要です。
■人権尊重
人権問題に対する関心が強い欧米諸国では人権デューデリジェンスが義務化されており、海外へ進出する企業だけでなく日本国内でビジネスを展開する企業においても、人権を尊重する取り組みが重視されています。
人権デューデリジェンス(Due Diligence)とは、過酷な労働環境や賃金未払い、児童労働、強制労働などの人権侵害が自社の企業活動に与える影響を調査・分析し、リスクを抑える取り組みです。
取引先の選定基準を見直す、サプライチェーン全体でガイドラインを作成する、取引先がリスク管理を実施しているかを確認するといった方法で、サプライチェーンの人権侵害を予防することができます。
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■サプライチェーンのグローバル化
近年のグローバル化により、サプライチェーンの複雑性は著しく増加しています。例えば、スマートフォン1台の製造には、30か国以上から200以上の部品が調達されることも珍しくありません。2020年のコロナ禍では、中国の工場停止が世界中のサプライチェーンに大きな混乱をもたらしました。
サプライチェーンのグローバル化に対応するためには、各国の法規制や文化の違いに対する理解を深めるとともに、サプライヤーの分散化や代替調達先の確保が必要不可欠です。
■温室効果ガス排出量の削減要求
サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量の削減は、企業の社会的責任であると同時に、持続可能なサプライチェーンの構築に向けた重要な経営戦略です。
温室効果ガス排出量の削減の具体例として、再生可能エネルギーの活用や環境負荷の少ない輸送手段への転換が挙げられます。
世界最大手の小売企業ウォルマートは、2040年までにScope3を含む温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すことを表明しました。日本では、イオングループが2050年までにCO2排出量実質ゼロを達成する目標を掲げ、サプライヤーと協力して環境配慮型の調達を推進しています。
温室効果ガス排出量の削減には、取引先との密接な連携が不可欠です。環境に配慮した包装材料の採用や、物流の効率化によるCO2削減など、具体的な取り組みが各企業で進められています。
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■サプライチェーンリスクへの対応
サプライチェーンリスクとは、サプライチェーンを要因とした、自社に発生するリスクです。
代表的なサプライチェーンリスクとして、環境的要因や地政学的要因、経済的要因、サプライチェーン攻撃、コンプライアンス違反があります。
サプライチェーン攻撃とは、標的とする企業を攻撃するために、その企業と取引をしている他の企業を経由するサイバー攻撃です。
サプライチェーンでは、原材料を供給する企業や商品を店舗まで運ぶ配送業者、顧客に対して販売する卸売り・小売り業者など、さまざまな企業との取引が発生します。
サプライチェーンには大手企業だけでなく中小企業も含まれており、それぞれの企業におけるセキュリティ対策の度合いはさまざまです。
中小企業を中心としたサプライチェーンではセキュリティ対策が十分ではないケースが多く、先にサプライチェーンへサイバー攻撃を仕掛けることで、セキュリティ対策が充実した企業への侵入を可能としています。
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4. 持続可能なサプライチェーンの構築に向けた対策
CO2排出量の削減、リサイクル可能な素材の使用、労働条件の改善などが求められる現代では、持続可能なサプライチェーンの構築に向けた対策が必要です。企業の信頼向上にも繋がるため、今後のサプライチェーンにおいて不可欠な要素となるでしょう。
■デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用
持続可能なサプライチェーンの構築に向けた対策として、デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用が挙げられます。
ITシステムを導入することでサプライチェーンを可視化し、リアルタイムでの在庫管理やリードタイムの短縮などの業務効率化が可能です。また、セキュリティソフトを導入することで、サプライチェーン攻撃などのリスクにも迅速に対応することができます。
■リスクマネジメント体制の強化
不安定な要素を含むサプライチェーンのリスクに対して、影響を最小限に抑えるためのリスクマネジメント体制を強化することも必要不可欠です。
リスクマネジメント体制を強化することで、サプライチェーンの安定性を向上させ、企業の競争力を持続的に高めることが可能になります。
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■委託先管理
委託先管理とは、サイバーセキュリティやコンプライアンス、製品の不備、ハラスメントといった委託先におけるリスクによって、企業が倒産しないように、委託先を管理することです。
情報漏えいによる自社の信頼性の低下や委託先から納品された製品の不備による損失などによって、自社が倒産しないようにすることを目的としています。
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■消費者ニーズの把握
持続可能なサプライチェーンの構築に向けた対策として、消費者ニーズを正確に把握し、それに迅速かつ的確に対応することも重要です。
時間の経過とともに変化する消費者ニーズに対応するには、市場の動向を観測する必要があります。デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用により顧客の購買行動や好みをより詳細に分析することが可能になり、必要な時に必要な商品を提供できる体制を構築することができます。
■サプライチェーン・マネジメント(SCM)の導入
サプライチェーンにおける製品の供給元からエンドユーザーまでの一連の流れで発生するさまざまな課題を解決するためには、サプライチェーン・マネジメント(SCM)の導入が欠かせません。
サプライチェーン・マネジメントとは、調達、製造、在庫管理、配送、販売といったプロセスを統合的に管理し、効率的でスムーズな流れを確保する手法です。サプライチェーン・マネジメントを導入することで、過剰在庫の削減や欠品の防止を図り、消費者ニーズに迅速に対応することができます。
たとえば、小売店ではPOSデータを活用することで、過剰在庫の削減や欠品の防止を図り、販売実績を元に需要を正確に予測することで、適切な量の在庫を維持することが可能です。
■在庫の最適化
持続可能なサプライチェーンの構築に向けた対策として、在庫の最適化も重要な施策です。
日本通運やヤマト運輸などの大手物流企業では、AIを活用した需要予測システムを導入し、在庫の適正化を実現しました。倉庫内作業の自動化も進んでおり、無人搬送車(AGV)やロボットによる商品のピッキング作業が一般的になってきています。
配送ルートの最適化では、配送管理システム(TMS)の導入により、燃料コストを平均20%削減できた事例もあります。さらに、RFIDタグやIoTセンサーを活用することで、商品の位置情報をリアルタイムで把握できるようになりました。
■企業間の信頼関係の構築
持続可能なサプライチェーンの構築に向けた対策として、企業間の信頼関係の構築が不可欠です。
トヨタ自動車では、部品メーカーとの協力会「協豊会」を通じて、在庫の最適化や納期短縮、品質向上を実現しています。
企業間の信頼関係を構築するには、情報共有と双方向のコミュニケーションが重要な要素です。
■BCP対策
BCP対策とは、自然災害やテロ、情報漏えいなどに対し、平常時に取り組む活動や被害が発生した際の対応を事前に決めておくことです。
一般的なBCP対策では自社だけを意識して対策を実施しますが、さまざまな企業が連動してビジネスを展開するサプライチェーンにおいては、自社だけでなく取引のある企業もBCP対策を実施している必要があります。
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■レジリエンス
サプライチェーンにおけるレジリエンスとは、サプライチェーン全体が運営上の危機に陥った際に、事業を継続できる状態へ迅速に修復できる能力(レジリエンス)です。
サプライチェーンにおいては、事業に関わる企業がなんらかの危機によって役割を担えなくなると、サプライチェーンに関わるすべての企業が事業を継続できなくなる恐れがあります。元の状態に戻るまでに時間がかかり過ぎると、被害が拡大してしまうかもしれません。
サプライチェーン全体に与える被害を軽減し、事業を存続させるためには、それぞれの企業が事前にリスクを予測し、迅速に対応できる能力を持つことが重要です。
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■ESG経営
ESGとは、Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス・企業統治)の頭文字を取った用語です。環境問題や人権問題、社会問題を意識して経営することを、ESG経営と呼びます。サプライチェーンにおいては、ESG経営を行うことでサステナブルなサプライチェーンの構築が可能です。
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5. まとめ
今回は、サプライチェーンの意味・定義から具体例、抱える課題、強靭化に向けた対策について解説しました。
環境問題や人権問題が注目される中、持続可能なサプライチェーンの実現には、多岐にわたる課題に対応しつつ、長期的な視点を持つことが重要です。リサイクル可能な材料の使用やエネルギー効率の高い物流の採用など、環境負荷の低減を目指してサプライチェーンの各段階での取り組みを強化しましょう。
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